2005年5月23日(月曜日)
調理場の2番手だった松岡が突然抜けました。
気の弱い青年(24歳)でしたが、まさかこういう挙に出ようとは考えていませんでした。
無断です。
いろいろ悩んでいたようでした。
20日(金曜日)終業後、何か話したそうでした。
思い詰めた表情をしていましたので、3丁目の焼鳥屋に誘い出しました。
『辞めたい。』
私は猛烈に反対しました。
つらいから辞めるというのは私は絶対許せません。
もっと仕事を覚えたいとか、今の給料ではやっていけないなどの理由で有れば反対はしません。
つらくて辞めるのは逃げになります。
他の仕事をしていても同じ事を繰り返すでしょう。
生きている中で壁にぶつかるたびに、その壁を越えることをしないで回避することを選ぶようになります。
これは駄目です。本人のために絶対良くありません。
そのことを繰り返し説明し説得しました。
その日は私の言うことがわかったのか、
「どうしたら仕事を速くする出来るようになりますか?」
とポジティブなことをたずねてきました。
(これでだいじょうぶだ。)
と思った矢先でした。
翌日土曜日は本人の公休日です。
日曜日は調理長が休みです。その日曜日やはり終業後、思い詰めた顔をしています。
(うわ、また暗い顔してる・・。)
努めて明るい話題を選び、笑いを誘おうとしましたが乗ってきません。
仕方ないな、時間をかけるしかないなと思い、
「先に帰るから、戸締まりしていけよ。」
と家内と一緒に店を後にしました。
時はすでに終電時間です。その終電がまもなくホームに到着する時間に携帯に電話がかかってきました。
「オイ、もうこんな時間だから明日にしてくれ。」
電話口では良く聞き取れない口調でモゴモゴ。
「電車が来たよ。終電だよ。明日じゃ駄目なのか・・。」
お店に戻り、また一昨日の繰り返しを述べ説得をしました。
「おまえが調理師を続ける続けないに関係なく、人として生きるのに必要なことを説明しているんだよ。」
「仕事の流れが読めてない。読むためには常に周りの状況を見ながら作業を進める必要があるんだ。」
「今までおまえが勤めていた会社では、それをおまえに教えてくれなかったし、おまえはそれを感じることがないままに漫然と仕事をしてきたんだ。」
「おまえの仕事が遅いのは、単に手の動きが遅いからじゃないんだ。」
「段取りを考えてないからだ。”次は何だ”と仕事を追ってないから、仕事に追われる。」
「葱を冷蔵庫に取りに行き、人参を冷蔵庫に取りに行き、白菜を冷蔵庫に鶏に行きと一回で済む仕事を3回4回に分けてしている。」
「ひとつの仕事をするのに、まな板の上に不必要なものを常に置きっぱなしにし、合理性を無視している。」
「頭の中で整理がついてない証拠だ。それでは遅いのは当たり前だ。」
「で、これを治すのは生半可なことじゃ出来ない。時間が必要なんだ。」
「1年辛抱しろ。おまえの欠点を直すのを体で覚えろ。」
「これは調理師に限る事じゃないんだ。すべての仕事に通じる基礎なんだ。」
「24歳という年齢はそれを治すのにまだ間に合う。」
「ここで逃げたら、おまえはこれからぶつかる様々の困難に、いつも逃げることで解決を求めてしまう。」
「苦しいだろうが、歯を食いしばって頑張れ。」
わかりやすい例えを使って本人の置かれている状況を説明しました。
一時間余説明し、返事をうながすと
「長い間お話ししていただいてありがたいんですが辞めます。」
私もあきらめました。
「わかった。しょうがないだろう。」
「今日は疲れたから辞める時期については明日話をしよう。」
すでに23日未明でした。
どんなに早くても5月いっぱいでの退社と思っていました。
タクシーで帰った翌朝10時、昨夜話したテーブルの上にお店の合い鍵だけが置いてありました。
電話をしても電源を切ってあります。
調理長が電話をしても駄目です。
そこまで(精神的に)追いつめられていたのかと同情しつつも、
この気の弱さでこれから先どうやって生きていくんだろうと心配になってきました。
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2005年5月25日(水曜日)
”見習い”の松岡の突然の失踪で6月1日からする予定だった深夜営業も延期せざる得ない状況になりました。
6月のおすすめの料理決定時期、
6月19に予定している”野菜祭(ヤッサイサイ)の時期、
冷やし中華に乗せる具の決定、
とやらなければならないことが迫っています。
どんなに計画してはいてもどんどん変更になります。
でも目的は見失わずにそれに近づけられるように遂行しようと思います。
これでもか、これでもかと降りかかる問題に、気持ち的にはいろいろ楽しむ余裕が出てきています。
頼もしいのは、この気持ちが私だけではなく、調理長まで伝わってきていることです。
ああ調理場がたいへんそうだなと思うと同時に、なるべく早い時期にミーティングの席上で状況を説明します。
”この状態でもそれぞれの仕事を遂行しなければならない”理由と、”いつまで踏ん張るのか”の説明です。
頭ではみんなわかっていますが、言葉にすることで共通の危機感を持ちます。
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6月1日
人が足りないまま6月に突入。
深夜営業をするつもりで、頼んでいた坪居さんが今日から出勤。
とりあえず昼間を手伝って貰います。
55歳(たぶん)と私より年を取っていますが、けっこう頼もしい助っ人です。
洋食出身の坪居さんは、いずれオーナーになりたい希望を持っています。
そのことを二人で話しました。
全面的に協力していきたいのですが、まだ私にも歓[ファン]にも力がありません。
坪居さんの夢は2年ぐらい待って貰いたいとお願いしました。
茫洋とした風貌ですが、なかなかの人物とみています。
ちょいの間のアルバイトやヘルプで使うにはもったいないと思っています。
今はこちらの使い勝ってのいいように使っていますが、ちょっと真剣に考えてみます。
どんな仕事でもそうなんでしょうが、基本は人です。
人材が集まらなくては、何事も始まりません。
今までも高齢で職を求めてこられた方は3人ほどいらっしゃいましたが質が違います。
この歓[ファン]がなく職を求める側の立場だったら、私はどういう質の人間だろうかと考えさせられます。
目標を掲げて、それを追うことで質は高まっていくことを再認識しました。
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2005年6月5日
6月のおすすめ(朝鮮人参と烏骨鶏)が決定しているにもかかわらず、まだDMの準備が整っていません。
正直あせります。
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2005年6月7日
とてもヒマな一日。
宴会もなく、フリーのお客様もいらっしゃらない。
つくづくこのお店は常に営業努力を怠らないようにしなければ。
昨夜冷やし中華のサンプルがあがる。
5月連休明けに提出を頼んだものが、結局6月になってしまった。
理由はいろいろあったが、私の指導力が足りなかったせい。
でもおかげで、理想に近いものが出来上がった。
ただし、仕込みがたいへん。
調理長もたいへんだし、昨日から厨房の手伝いに入った私もてんてこ舞い。
まぁ、今日が冷やし中華の初日だし仕方ないか。
でも麺の上にのせる具が全部で11種類。
1つ1つはたいしたことがなくたって、これは自慢できるぞ。
題して『 涼菜麺 ─りょうさいめん─ 』
味も上品に仕上がった。
野菜だけで仕上げた冷やし中華って、他にはないぞ。
これを見た人は是非召し上がってみて下さい。
今日 E-mail のダイレクトメール発送が完了。
明日からは葉書のDMに移る。
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6月19日
野菜祭終わる。
まずは成功と言っても過言でないと思う。
前日のキャンセルが3組もあり、当初予定していた35名を大幅に下回る27名。
でも、お客様の顔を見てみると皆満足な顔。
これを、この顔を見たかった。
終わってからみんなで居酒屋へ行く。
調理長のホッとした顔。プレッシャーとともに緊張していたんだと思う。
ご苦労様。
明日からまた頑張ろうな。
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6月23日。
今日は東電の宴会。昨夜は厚生年金会館の宴会。
近隣にある会社の宴会が続く。
大歓迎。
人手が不足している。
どういう訳か調理師が見つからない。
この負担が調理長に全部かかっている。
私が昼間は調理場に入ってるが、その分、営業に手が回らない。
昨日今日と宴会が入っているが、このツケは1ヶ月後にくると思わなければならない。
調理長もたいへんだろうけど、ここは踏ん張ってくれ。
とりあえず7月のお奨めを早く提出するように注文した。
具体的な目標を皆に提示しなければ苦しさが倍増する。
目標が形となって見えてくれば、今の苦しさが半減する。
これ(具体的な目標)を見せるのが私の仕事。
やりたいことがあるのに駒が足りない。
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2005年7月17日
今日は月一回の定休日。
その定休日にみんなを集めて代官山にある『リストランテ・カノビアーノ』
に行く。
ここのチーフ植竹さんとの付き合いは10年くらいになるだろうか。
仕事が惰性に流されるようになってくると、ここに来る。年に1回ないし2回くらいだろうか。
いつ来てもここは気持ちが引き締まる。
料理に手抜きがないから・・・。
美味しい。
思いもよらない野菜の使い方をする。
野菜だけを出して貰っても、十分に対価に値する。
この美味しさは皆一様に認めてくれた。
こういう反応を示してくれると支払った代金も安い。
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2005年7月19日
昨日公休日だった者がいたために、夕方5時、ミーティングをする。
8月14日の休みの予定と、9月18日の野菜祭の予定を告げる。
野菜祭になるかはまだ決定ではないが、他のプランが出来上がらないと2回目の野菜祭を決行しようと告げた。
目標を告げた。
たまたま八百屋が来たために、その八百屋を巻き込み9月野菜祭に出す秋野菜の勉強をするように告げた。
業者も歓[ファン]とともに大きくなって欲しいから。
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2006年/02/09
このページは歓[ファン]のホームページのなかでも一番目につきにくいところにあります。
そのために、読んでいる人もいないだろうと思っていました。
でも読んでいる人がいるんですね。
「このページが一番読みたいです。いつ再開するんですか」
ですって!わおっ!
時間を見て続き書きます。
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2006/02/09
ひとつの計画を練っています。
従業員にも夢を持って貰いたいという願いを込めた計画です。
日を追って徐々に形になっていくと思います。
ここでは、思い描いている夢を具体的に書くのは後回しにします。
行動に移したものを、その行動によって変化していったことを書いていきます。
下記、計画の概要です。
この計画の中核となる人たちへ提出する計画書を、実名を伏せて掲載してあります。
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無我夢中で走り続けた昨年でした。
まだまだ余裕はありませんが、本年は歓[ファン]の基本方針を固めていく一年だと私は位置づけています。
これまでも「野菜祭」などのイベントを繰り返し、『健康』『野菜』をキーワードにしてきました。
今年はこの骨格に少しずつですが肉付けをしていきます。
この中に『薬膳料理』を加えようと思い、その準備として今年から私は薬膳のセミナーに月1回通っています。
簡単に習熟できる分野ではありませんし、調理業務、接客業務もともに努力をしなければ営業に結びつかないと考えています。
その薬膳セミナーでの事です。
毎月テーマを決め、そのテーマに対して効果のある生薬を使った料理を覚えていこうという趣旨のセミナーです。
例えば1月は風邪でした。2月は花粉症です。
風邪に関するセミナーでは「板藍茶」を使ったお粥と「金銀花」を使った葱餅でした。
生薬の説明があり、料理を実際に作り、試食して終わるというシンプルなセミナーです。
薬膳は以前勤めていた「胡座楼」時代から関わっていたために料理そのものは目新しく感じません。
私の欲しているものは、生薬の効用であったり、生薬そのもののレパートリーを増やすことであったり、生薬と一般食品の組み合わせを知ることでした。
そういう意味合いでは、このセミナーは物足りなさを感じています。
ただし薬膳を教えていただく先生は中医学をはじめ西洋医学まで習得されている先生です。
引き出しはたくさんありそうです。
またこのセミナーが開催する会場の設備は素晴らしいものがあります。
中華のガスレンジこそありませんが、10人ぐらいが同時に実習できるくらいの設備です。
普段は様々なジャンルの料理やお菓子教室を開いています。
講師陣は『築地田村』のご主人など多彩な方々の名前が連なっています。
少し時間があったために主催者とお話ししました。
後日メールにて主催者あて、歓[ファン]のURLを入れて「野菜祭」などの過去のイベント情報をお知らせしました。
返信が来ました。
料理教室の講師も数名連れて、一度参加したいとの事。
あわよくば料理教室に調理長を講師として送り出したいと私は願っています。
相手のいることですので、うまくいくかわかりませんが試してみる価値はあります。
歓[ファン]のお客様で和食の料理教室を自宅で開かれていらっしゃる方がいます。
この方に、薬膳を営業に取り入れるための方法について相談いたしました。
その話しの中で、料理教室が案外有望な市場であり、当店の方針に沿った分野に組み入れることができ、かつ顧客数を増やす手だてにする可能性も見いだしました。
この方の料理教室は自宅で開かれているそうですが、1教室当たり5名の生徒を教えていらっしゃるそうです。
そしてその教室数は8クラスあるとおっしゃいます。
お一人の受講料は1万円から1万5千円。
歓[ファン]の平日のランチ数は平均50個ほどです。
今月に限って言えば60個を超えています。
それが土日の平均数になると20個ほどに激減します。
60個で売上が約5万円ですから、土日に料理教室を開き5名様ほどの生徒数だとしても平日のランチの売上高に匹敵します。
料理教室に集まる方は生徒さんであり、そのまま顧客になる可能性も大です。
さらに生徒の中心が主婦である可能性も高いため主婦の口コミで広がる顧客も見込めます。
うまくいけば一石三鳥の結果さえ見えてきます。
4月1日と2日に薬膳料理フェアのイベントを催します。
今までにも『野菜祭』や『チャイニーズでワインを』などイベントを興してきましたが、歓[ファン]の認知度を高めるためのものでした。
認知度はまだまだ低いのですが、ここに薬膳を加えようと考えています。
幸いにして漢方の講師に予定している方には素晴らしい先生方がいらっしゃいます。
東洋漢方研究会 代表 □□□□氏
胡座楼時代の上司です。薬草18茶『宝寿茶』の開発者でもあります。
1回目の講演はこの方にお願いします。
東京中医学研究所 所長 △△△△先生
市ヶ谷で理筋推拿療法の治療院を開業。著書も多数。
年に1回か2回という事で、すでに了解を取っています。
漢方学研究協会 チーフアドバイザー ○○○○先生
現在通っている薬膳セミナーの先生です。
まだこの先生には相談をしておりません。
次回のセミナーの時にお話ししようと考えています。
鍼灸師 ▲▲▲▲先生
ご本人の著書もあり、著名人も数多く通っている鍼灸院の院長です。
この先生に事前相談を持ちかけましたら、逆にこの先生から
「著名人を呼ぶから、対談形式で講演をしようか?」
と具体的な俳優名を言われ提案されました。
願ってもないことです。
この先生方に順次講演をお願いし、その後にテーマに沿った薬膳料理のフルコースを味わっていくという趣向です。
四季折々に興している料理フェアとしてあるいは独立した形で数回繰り返していこうと思います。
経験を積んだゆくゆくは生徒を募り『薬膳料理教室』にしようと考えています。
前述しましたように土・日曜日(現在日祭日のランチは休業しています。)のランチの売上は脆弱です。
いずれはこの土日のランチを薬膳料理教室に置き換えていこうという計画です。
今月(2月)19日にお店を休み、スタッフ全員と薬膳の試食に出かけます。
その席上でみんなに言うつもりです。
本を作ろう!
薬膳の本を作ろう!
もちろんこの本で儲けようなんて考えていません。
自分たちでやっていることが形として残せるのは、鼓動が聞こえるくらいワクワクするはずです。
みんなにワクワクする人生を送ってもらいたい。
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2006年2月19日(日曜日)
薬膳フェアまであと40日ほど。
この日はお店を定休日にして、スタッフ全員と薬膳の試食に出かける。
場所は新橋。中国料理「新橋亭」
このお店は30年ほど前に私が調理師として出発した最初のお店です。
ここの総支配人だった丸井さんは今でもお付き合いがあります。
また、歓[ファン]で調理師が不足していたときにこの新橋亭の総調理長田中さんに募集をお願いしたこともあります。
公私にわたってお世話になっているお店です。
飲み代込み10000円でお願いしてありましたが、それ以上の料理を出していただきました。
本当にありがとうございました。
事前に電話を入れまして、接客には久保田さんという女性をお願いしました。
歓[ファン]の接客も、是非勉強して貰いたいという願いからです。
何とも言えない笑顔と、懸命さと経験の豊かさが伝わる接客は本当に勉強になります。
さてこの席にはスタッフ以外に、前会社の塚田常務を呼びました。
薬膳フェアをするにあたって、薬膳の知識よりも新しいものにチャレンジする心構えと緊張をスタッフに植えたかったのです。
結果は上々だったと思います。
塚田常務は私の上司でもありましたが、漢方に関する知識も半端じゃありません。
漢方に関する基本的な説明を皆にして貰うと心なしか顔つきが引き締まってきたようです。
いよいよ薬膳のメニューを具体的に詰めていく時期になってきました。
それに沿って、私も案内状を仕上げます。
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薬膳の大まかなメニューが仕上がってきました。
大まかなメニューは仕上がりましたが、ここからの作業がたいへん!
1.前菜
ボイル車エビの紅麹タレと赤蕪とウドの酢漬け
花山葵、京人参、モヤシ、シイタケの湯葉捲き
あげまき貝の山葵風味ホーレン草ソースかけ
下仁田葱とタケノコ、地黄(注1)ソースかけ
蒸し鶏と当帰(注2)のウルイ胡麻ソースかけ
2.豚のアキレス腱と朝鮮人参(注3)乾燥ナマコ、金華ハムのスープ
3.殻付ホタテ貝の蒸し焼き、豆鼓(注4)ソースかけ
枸杞子(注5)と蕗の薹添え
4.鯛の豆腐包み焼き・XO醤タラの芽ソース
新ゴボウ黒胡麻揚げ
5.押し豆腐とメカブ、金針菜、龍眼(注6)の和え物
6.フカヒレ姿煮の中華風茶碗蒸し
7.車エビのチリソース
8.18雑穀チャーハン
9.白キクラゲの金木犀シロップ漬け
3種ゼリー(愛玉・仙草・亀ゼリー)の盛り合わせ
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注1・地黄>ジオウと読み、アカヤジオウの根を蒸したもの。滋陰・補血効果
注2・当帰>トウキと読む。セリ科トウキの根。ほとんどの女性用漢方薬に配合
されているもの。貧血傾向・各種婦人科症などに効果。
注3・朝鮮人参・説明の必要のないくらい有名な生薬。滋養強壮など。
注4・豆鼓>トーチと読む。大豆を塩漬けにして発酵させたもの。これも生薬。
血糖値降下作用も認められ、調味料として使用する場合が多い。
注5・枸杞子>クコシと読む。クコの実のこと。眼に効くことで知られている。
注6・龍眼>茘枝(ライチ)と同じムクロジ科。フルーツで有名ですが、立派な
漢方生薬。神経衰弱、不眠、健忘症、興奮症の改善に用いられいます。
………………………………………………
日にちが迫るにつれて、いろいろと調べたりすることが出てきます。
折しも歓送迎会シーズン。
アセアセ(^^;)
薬膳の第1回目です。皆様の期待に応えられるよう頑張っていきたいと思います。
http://www.ume84.net/5sikiyakuzen.htm
2006年4月3日(月曜日)
昨日薬膳の会が終わりました。
今までの中で一番疲れたイベントでした。
『野菜祭ヤッサイサイ』だとか『チャイニーズでワインを』だとかやってきましたが、
何故か今回一番疲れました。
立ち止まっている余裕なんかないのに・・・。
毎月第1月曜日は定例のミーティングです。
薬膳が終わったばかりだとあって、反省と今後の課題が中心です。
今回はあぐら屋の塚田常務もミーティングに参加しました。
………………………………………………
歓[ファン]の薬膳が目指すもの。
あちこちのお店で薬膳を出しています。私がいた胡座楼でも薬膳をやっていました。
でも、ほとんど調理長の一人舞台でした。
私を含めて周りに人間はわけのわからないまま、給仕をしていました。
接客する人間が説明できないのに、お客様も理解できないまま、たんに料理の美味しさを楽しんでいました。
お客様はどう感じていたんでしょう?
他のお店ではどうしているんでしょう?
薬膳を出しているお店にも何軒か顔を出しましたが、あらかじめ用意したメニューに薬効をうたった料理を綴っただけのものが多いのです。
確かに料理を召し上がっているときは、身体も健康になりそうですし、それなりに楽しいのですが・・・。
でもそれには理由があります。
厳密に薬膳を定義していくと、個々の人によって薬効が違うからです。
極端な言い方をすると、生薬は<A>の人には効果があっても<B>の人には毒になり得ます。
ここまでくると、薬剤師あるいは医者の分野になってきます。
当然、私どもには無理ですし、そういう料理は出せません。
薬膳料理をうたっていても、万人に効き、万人に毒にならないものとなれば、出せる料理は表面をなでるだけのものにならざるを得ません。
役所(厚生労働省)が許可したもの以外は、
「○○○に効きます。」
「○○○に効果があります。」
という表現も許されません。薬事法違反?になります。
………………………………………………
歓[ファン]の薬膳の目的は2つあります。
ひとつは具体的な薬膳です。
1.ほとんどの食物にはそれなりの意味があります。
意味を栄養分と置き換えてください。
身体に必要だから栄養です。
食物の個々の意味を具体的に突き詰めていきます。
ただし一般的な食物に関しては漢方的(陰陽五行説的)な意義を中心とします。
それ以外の意味(ビタミン・カロリー・タンパク質などの栄養学)は必要最小限度にします。
たぶん私どもがお客様に提供するものは生薬に関するものが多くなります。
それは、生薬の値段であったり、入手先であったり、生薬の使用方法です。
そしてもう一つ、生薬を使った調理法です。
例えばある人の身体に朝鮮人参が有効だとわかったとしても、朝鮮人参を丸ごと毎日かじるわけにはいきません。
美味しくないでしょうし、逆に食べ過ぎて毒になる場合だってあるでしょう。
朝鮮人参以外にもその人に効果のあるものがあるかも知れません。
私自身は漢方に関しては素人同然です。
私自身が歳を取るとともに、身体の衰えをひしひしと感じています。
また病気と診断された衰え(高血圧、血糖値)もあります。
お客様と一緒に考えていこうという、薬膳です。
ふたつめは、漢方医の出会いです。
歓[ファン]には何人かの漢方に従事される方がいらっしゃいます。
それも高名な方たちです。
この先生方にお願いし、歓[ファン]の薬膳に関わっていただくことを了承していただいています。
鍼灸の竹村文近先生。
推拿整体の孫維良先生。
中医学(薬膳)の林健豫先生です。
この先生方を毎回お一人はお呼びしようと考えています。
漢方や陰陽五行説などについてお話しをしていただき、随時この先生方をご紹介したいのです。
この先生がたに、歓[ファン]の薬膳に集まっていただいたお客様がご自身の身体のことを相談される機会を作りたいのです。
薬膳の最終形は、歓[ファン]にいらっしゃったお客様の、召し上がるものが美味しくて、自然に湧き出る笑いです。
健康だからこそ料理が美味しく感じます。
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2006年9月5日
チョビッとうれしい途中経過報告です。
開店直後250万円あった運転資金が1年9ヶ月を過ぎた今月に100万円を
切ってきました。順調に売上を伸ばしていますが、採算分岐点に到達するまで、
もうちょっとというところです。
このやり方で間違ってないと思いつつも、客観的な評価が、特に数値の評価が
わからないために時として不安に襲われていました。
手綱を弛めるには時期尚早なのはわかっていますが、このまま伸びていけば問
題ないとも思っていました。
ただ運転資金が底をついてきている現実を目の当たりにすると絶えず不安がよ
ぎってきます。かぼそい自信も余計に揺れます。
10月はこのお店の更新月です。
この場所を借りて、もう2年過ぎたんですね。早いというか、長かったという
か・・。
昨日あらためて賃貸契約書を読んでみました。やはり更新月は間違いありませ
ん。そして更新料は『新家賃の1ヶ月分』と明記されています。新家賃の交渉は
まだ始まっていませんが、旧家賃のまま据え置かれたとしても40万円が必要に
なってきます。今40万円が出て行くと本当に余裕が無くなってきます。
意を決して金策を考えました。
とりあえず公金で借り入れが出来ないか調べてみることにしました。
貸す気がなくて訳のわからない理屈をこねるK公庫よりも先に、新宿区
に相談に行きました。新宿区の商工課です。場所は区役所ではなく西新宿にあり
ます。
とりあえず相談です。持参した書類は「不動産契約書」家賃と更新料が書いて
あるページのコピーと、2005年、2006年の毎月売上表です。
以前開店する前に相談した方は老齢の方でした。すでに退職されていました。
定年だったのでしょう。
今日の相談に乗ってくださる方は女性でした。
開店するときに借りていたお金の残額はまだ半分以上残っています。
内心
(むずかしいかな?)
とビクビクしていました。
更新料の話しと、運転資金が底を尽きかけている話し、売上は順調に伸びてい
るが採算分岐点に到達するまではもうしばらくかかること、リピート客が増えて
いる話し、集客を目指すために時折興しているイベントの話し、・・・。
一通り私の話が終わった頃合いに、その相談員から言われました。
私が提出した売上表を見ながら、
「あなたが思っているほど、あなたのお店の状態は悪くありませんよ。」
「お店の場所は私も知っていますが、あの立地でこの成績は立派ですよ。」
「特にランチの客数、夏場でも減っていませんよね。」
「これはね、このお店をお客様が支持している証拠ですよ。」
「たぶん、週に何回かはお客様が座れなくて返していることがあるんじゃないで
すか?」
「それでも、”今日は座れるかも?”と思って来られるお客様がいらっしゃるか
ら、夏場でも数字として残るんです。」
「たぶん出しているお料理のコストパフォーマンスが良いからです。」
「値段の割りに良いものを出していると、お客様が感じているからいらっしゃる
んですね。」
「1年目、年商に対し坪売上単価12万円ほどで”何とかやっていけるかな”
と感じます。」
「12万円以下だと、”商売始めたのは失敗したかな・・”と感じます。」
「あなたのお店は坪売上、15万円です。」
「立地のことを考慮すると、この数値はかなり善戦しています。」
「効率の良いラーメン屋ですら、坪売上は18万円です。」
「夜も延びていますね。」
「夜はあれだけ人通りのないところで、これだけの売上を上げていらっしゃるの
は、地道な努力が実を結んでいる証拠です。」
「地元の方々にも顔を覚えられてきたんじゃないですか?」
「もう一息ですよ。」
「どのくらいの借り入れをお考えですか?150万円?」
「その程度でしたら、難しくないでしょう。」
「窓口にする銀行は心当たりがありますか?」
「それでは書類を提出する前に、それとなくお話しされると銀行の心証も良くな
りますよ。」
書類の書き方などをレクチャしていただき、30分少々の時間があっという間
に終わりました。
融資云々の前に今日の私はこの女性の言葉からたくさんの勇気を貰いました。
不覚ですが、帰り道の自転車を漕ぐ私の目はウルウルしていました。
数字的にはまだまだなのでしょうが、やり方は間違っていなかった・・・。
以上、チョビッとうれしかった途中経過報告でした。
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2006年12月6日 『週刊新潮』発売前夜
あした12月7日発売の週刊新潮に、グラビアとして歓[ファン]が、そして歓[ファン]の料理が掲載されます。
見開きの2ページ。
休憩時間に調理長を近くの喫茶店に呼び出しました。
「あした、新潮が発売されるな。いよいよだな。」
「今日呼び出したのはな、一言断っておこうと思ってる。」
「週刊新潮に掲載されるということはどういう事だと思ってる?」
調理長「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「この一冊で経営状況が変わるほどのお客様が増えるとは、俺は思ってないよ。」
「でも、この週刊誌は全国販売の週刊誌だよ。」
「それに掲載されるということはね、全国に名乗りを上げるのと同じ事なんだよ。」
調理長「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「つまりね、この本を読んだ人たちは、
新潮に掲載されるくらいのお店なんだ!
新潮に掲載されるような料理を作る調理人なんだ!
と思うよ。」
「ことばの上で何事もないような会話を交わしていても、おまえのことを見る目は一変するよ。」
「すぐにはピンと来ないかも知れないが、お前に対する視線には敬意が含まれてくるよ。」
「全国版の週刊誌に掲載されるということはこういう事なんだ。」
「これがお前の仕事に対してどういう風に関わってくるかというとだね、」
「今までは単に美味しい料理を作っていればよかった。」
「今度はそれに品格が求められるようになってくるよ。」
「料理の作り方を変えろという意味じゃない。」
「変えろと言ったって、わからないだろうし、変えることもない。」
「だけど、品格とか格式というのは常に頭の中に置いとけよ。」
「同じ料理でも、料理の作り手を見る目には尊敬のまなざしが加わってくる。」
「出来てまだ2年目のお店だけど、新宿でも外れに位置する小さな店だけど、
志は”一流を目指している”お店だし料理人だと思われているという自覚のことだよ。」
私の判断は間違ってませんよね。
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勢いに乗らない。
なぜ・・・・?
周りの状況は”イケイケ”とまではいかないが、ブレーキをかけるような感じでもない。
でもないの勢いを感じられない。気持ちもどっちつかずで乗っていけない。
こういう時はどうすればいいの?
”こういう時”
私の中で停滞しているときです。
当面の行動がとれないときです。
何かをしなくてと言う思いがあっても、具体的な何かを思いつかないときです。
私の中にもう一人の店長を作ります。
私自身ではありません。私より一等低い立場の人間をバーチャルで作ります。
そのバーチャルな私を引き上げる(育てる)にはどういう方法をとれば良いんだろう、
と私は夢想します。
私(仮に社長とします。)より一等低い立場の私(仮に店長とします。)ですから、
社長は店長を指導し、時に説教しなくていけません。
たぶん私でなくても、みんな自分自身の長所はよく見え、短所は見つけにくいものです。
逆に他人に対しては長所より短所のほうを先に見つけます。
一山越えたという安堵感。次のハードルを越えるためにモチベーションを上げるためにはどうすればいいのか?
これが喫緊の課題のような気がする。
2005年5月3日
ちょっと落ち着いてきました。
ということでこれまでの経過で話せなかったことを少し書こうと思います。
お店がオープンするまで実に様々なことがあったんですが、お金のことを少し書こうと思います。
いくつものハードルがありました。
その都度ひとつひとつクリアしていきました。
でも納得できないハードルが一つありました。
ハードルの高さや位置が飛び越す直前で変わるのです。
K公庫です。
経過をつづります。
ちょっと長いですよ。
9月14日
書類をそろえ、新宿にあるK公庫へ融資の申し込みをしました。
初めての折衝です。
最初に申請した金額は800万円。
借入金の総額は1300万円。
残りは飲食業保険組合が斡旋する融資で500万円まかなう予定でした。
そろえた書類は万全のはずでした。
すると、K公庫の融資担当の方が
─────「飲食業保険組合が斡旋する融資も元々はK公庫のお金です。一緒にされてはいかがでしょうか?うまくいくと利率が0.8%までなります。(利率の下がるのが)だめだとしても現在の利率1.7%を上回ることはありません。」
とのこと。
願ってもないことなので、
「こちらの方からお願いしたいくらいです。どうぞよろしくお願いします。」
交渉の経過は上々です。
─────「保険組合の方は支部長の推薦状ではなくて、理事長の推薦状がとれますか?」
新宿3丁目支部の理事の方を通して、築地にある保険組合本部に出向き、理事長の推薦状をもらってきました。
これで全ての書類がそろったはずでした。
K公庫の担当の方は私の銀行通帳を見て、
─────「コツコツ貯蓄をした後がない。」
─────「お店を出そうとして、計画的に自己資金を増やしてきたという実績の証拠なんです。」
「会社の資本金ですよ。おっしゃりたい意味はわかりますが、資本金にコツコツはないでしょう?」
「前の会社を辞めてから3年間準備してきたんです。それをわかってください。」
─────「でも前の会社がなくならなかったら、お店を出そうという気にならなかったんでしょう!」
(何を言ってるんだろう、この人は?)
「きっかけは何であっても、3年前にこのお客さんたちが集まれるお店を作ろうと思って、ここまで来たんです。」
「そのコツコツというのは何年必要なんですか?3年じゃ駄目なんですか?」
(屁理屈こねるなよ。駄目な理由をはっきり言えよ)
内心ムカムカしてきました。
─────「全額は無理です。」
とおっしゃいます。
自己資金は600万円でした。
このお金の内訳は、レストラン開業するに当たって出資していただいたお金です。そしてそのほとんどの出資者が、以前私が勤めていたときのお客様です。
医者、弁護士、大学教授、会社役員、大学職員と多彩なメンバーが出資者です。1口50万円。2口された方も2名いらっしゃいます。
集めたお金で有限会社を設立し、法人として融資をお願いしました。
「コツコツ貯蓄するよりも、ある意味これだけの信用でお金を集めたと言うことの方が重たいですよ。これを審査で吟味していただけなかったんですか。もう一回審査してください。」
再審査のあったその晩遅く、電話がかかました。
─────「追加の保証人お願いできますか?」
「えっ、どうしてですか、先にお願いしてあった保証人では不足なんですか」
最初に出してあった私の保証人は、この不況下経営的には苦しさを余儀なくされているものの親の代から経営しているレストランの社長です。億単位の借金があるそうですが、懸命に返済されています。レストランのあるビルはこの社長の自社ビルです。ほかにも新宿と銀座にレストランを持っていらっしゃいます。
私が前の会社で店長として勤めていた頃からのおつきあいで、
『俺でよかったら保証人になるよ。』
とおっしゃっていただいた方です。
「保証人として能力が足りませんでした。」
なんて、私の保証人を買って出られた方にとてもじゃないが言えません。
急遽電話をして、私の弟に追加保証人を頼みました。
弟は自営業です。著述業を営んでいます。昨年の年収も1000万円近くあったはずです。
弟も保証人を快く引き受けてくれました。
が、それでも駄目でした。
その日の夜遅くK公庫から断りの電話がかかってきました。
「明日お伺いいたします。時間を作ってください。」
私の周りに相談しても、
「追加保証人まで立てて断られるのはわからないなぁ?普通はそれでOKのはずなんだが・・。」
この時点で店舗の賃貸契約がすんでおり、内装工事の最終打ち合わせを行っている状態でした。
私としても必死でした。
─────「いやぁ、全額は無理ですよ。」
とおっしゃるばかりです。そして出していただける金額も明示しません。
けんかをするのは得策じゃないと懸命に我慢をし、
「駄目とばかりおっしゃらずに、ほかに何か方法がないですか?」
「ここまで来たら、私も後に引けないんですよ。」
担当の方はしばらく時間をおいた後に、
─────「都か区の融資制度がありますから、当たってみたらいかがでしょうか? 」
「わかりました。この足で早速区役所に行ってきます。」
「ついてはK公庫はいくらかしていただけるんでしょう?」
─────「いや、言えません。」
「はぁ?私は区の方にいくらの融資を申請すれば良いんですか?K公庫がどのくらい出していただけるかわからないことには、私は区役所に行けませんよ。」
─────「いや、決まりで言えないんです。区の方で融資を断られた場合に単独でK公庫が融資できないのです。」
押し問答が続く中、私は声を低くして、
「ここだけの話でけっこうです。ほかの方には黙っておきます。K公庫はだいたいいくら出せるんですか?」
そうして、やっと答えていただけました。
─────「650万円くらいですかね。」
怒鳴りつけたいのを懸命にこらえ、
「私は最初に800万円の融資をお願いしたんですよ。その時点で650万円しか出せないとおっしゃればよかったじゃないですか!」
「800万円と500万円をいっしょにした1300万円で申請した方が良いとおっしゃったのはK公庫の方ですよ。」
─────「いえ、貸すとお約束した覚えはありません。」
「ええ、お約束されませんでしたね。でもそれを世間では詭弁といいますよ。」
担当の方は顔色が変わりかかっていました。それを制して、
「区の融資は必ず貰ってきます。その後はお願いしますよ。今みたいなことはおっしゃらないでくださいよ。」
区役所に行き、書類を貰い、その場で相談いたしました。
K公庫と同じような書類をまた揃えなければなりません。
その足で銀行に行きお話をしました。
数日かかり、書類を揃え、区役所の面接を終え、後は審査の結果を待つばかりの状態になりました。
工事は進みます。中の骨格が出来るとそこからはピッチが早くなります。
とにかくいいお店にしようと、内装屋さんには厳しいことをさんざん言いました。
半ばけんか状態で工事の方と折衝しました。
出資者の方からお金を預かった以上、それなりの責任をひしひしと感じていました。
でも、これで融資を断られたら工事を一生懸命やっている人たちに対して、本当に私は首をくくらなければいけないと胃はキリキリ痛んでいます。
予定として12月3日にオープニングセレモニーです。
あわただしい中で招待状を懸命に準備していました。
12月2日
保証協会から電話がありました。
区の融資が全額(650万円)降りました。
(やったー!万歳!)
私の人生の中で、この日ほど肩の荷が軽くなったことはありません。
すぐにK公庫に電話しました。
「お約束通りに区の融資を全額貰いましたよ。今度はそちら(K公庫)の番です。」「約束果たして下さい。」
─────「いや、その約束・・・」
電話口でモゴモゴ言われるのを押さえて
「お互い頑張りましょうよ。私も頑張りましたから。」
2004年11月22日
とてもとても忙しいです。
それでちょっと手を抜きました。
招待状の文面をそのままに載っけます。
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ついにオープン!中国料理『歓』[fun]
ご無沙汰をいたしました。
胡座楼で3年前まで支配人を務めていました梅橋です。
経営権委譲に伴い、旧経営陣と共に胡座楼を退社してから3年近い時間が過ぎ
てしまいました。
今一度あの胡座楼の雰囲気を作ろうと独立を決意するものの、元手となる資金
や場所を得るために溜息をつきたくなる時間を過ごしてしまいました。
紆余曲折ありました。
艱難辛苦が続きました。
めげない、なげない、あきらめない、の三ない運動。
それも終わってしまえば何のその。小さな小さなサクセスストーリーでした。
12月3日、新宿6丁目に場所を移しまして、めでたくオープンの運びとなり
ます。
お店の名前は、お客様が歓んで貰えるように、そしてそのお客様の歓びをここ
で働く私たちが歓びと感じるようにと名付けました。
中国語読みで「ファン」です。
調理する人間は胡座楼でも10年間勤め、最近までお台場ヴィーナスフォート
で調理長を務めた二戸です。今年43歳になり、まさに円熟期を迎えています。
私とこの二戸が中心となって皆様をお迎えいたします。
まだ忘年会や新年会の場所がおきまりでなかったら、候補の一つに加えて下さ
い。場所(地図)と営業時間は下記URLより。
店舗は現在まだ工事中です。完成予定は12月3日。正常営業は5日(日曜日)
からとなります。
お店の電話は11月30日以降でないとつながりません。
ご予約などの連絡は私の携帯まで。
090−8455−4816 (梅橋)
┠─╂─[ ★☆★ ume84.net ★☆★ 中国料理 歓
★☆★ ──────
┃中┃ ファン
┃国┃ 中国料理 歓 [fun] 梅 橋 嘉 博
┃料┃
┃理┃ 〒160-0022 東京都新宿区新宿6丁目7番3号
┃ ┃ 電話 03−3341−8100
┃ ┃
┃歓┃ URL
http://www.ume84.net
┃ ┃ E-mail
yoshihiro@ume84.net
┠─╂───────────────────────────────
★☆★ ume84.net ★☆★
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2004年11月3日
じゃーん!
店舗の図面です。
形になってきましたよ。
いよいよ。
画面下の白い部分が調理場です。
客席数40。
オープンは28日頃です。
忘年会待ってま〜す。
2004年10月26日
遅れていた(これといった理由はなかったんですが、)店舗の契約が本日お昼
頃無事に完了いたしました。
朝方一番で契約金を先方の指定された銀行に振り込み、11時から契約が始ま
りました。
私と、大家さんである方の会社の代表お二人が不動産会社のカウンターに並ん
で座り、不動産の読み上げる重要説明事項を確認し合います。
そう間もなく契約書にサイン押捺が始まりました。
(あれっ?どうしたの?私の手、震えてるよ!)
さほどものに動じない方(けっこうのんびり屋です。)だと思っていたんですが
、多少とも緊張してたんですかね、ペンを持つ手が小刻みな震え方をしています
。
途中手を止めて深呼吸。
(えーぃっ、止まれっ!)
とペンを持つ手を睨みつけると何とか震えはおさまりました。
「末永くお付き合いください。」との挨拶とともに、お昼過ぎにはすべての手
続きが無事に終了いたしました。
現在事務所で使用している場所は明日から取り壊しが始まります。
オープンはほぼ1ヶ月後。
まもなくです。
写真など取り混ぜながら、メール及びホームページ上で経過をご報告していき
ます。
2004年10月11日
今日は埼玉県川口市のテンポスバスターズに行ってきました。
店舗専用のリサイクルショップです。
食器類のA館、調理器具のB館、厨房機器のC館、
そしてテーブル椅子が置いてある調度品のD館と4っつもある結構大きいショップでした。
取り揃えなければいけないもののなかで、まずは厨房機器。
製氷器
W 104 D 600 H 800
\389,340
(ちょいと大きくなりました。製氷能力で考えるとこの大きさが必要そうです。)
洗浄機 W 600 D 600 H 800
\
178,500 1層シンク W \ 30,000
2層シンク W 900 D 600 H 800
\
38,272 (ホール用のシンクです。
テーブル、椅子類
大型楕円テーブル
W
2600 D 1200 H 720 \
21,000
(個室に置くテーブルとして)
W 2000 D 1050 H
700 \ 15,150
(上記のものとどちらかをチョイス)
W 1600 D 1525 H 710 \
26,250 (ホールの中央に置くテーブル、6人掛け)
椅子
W 540 D 470 H 430 \
7,300 35脚購入するとして、
255,500円
(レーザーの張り替え、表面の塗り替え料金を含みます。
幅が広い分、座り心地は良です。ただテーブルの配置次
第では狭苦しく感じるかも・・・。
寸法を測り忘れましたが、上記の椅子よりも一回り小さくなります。
背もたれ部分にクッションが備わっており、上品な感じす。
1脚 \5,880。
これには張り替えなどにかかるリフォーム代金が含まれていないため、
たぶん
1脚 \8,000くらいに。合計は
280,000円。
両方の椅子は、ともに35個くらいは揃います。
お店全部で40人から45人が収容人数と考えています。
残り10席はベンチシートを考えています。
使えるものとして(下線部)ここであげただけでも、およそ 91万円。
う〜〜ん・・・・・・・・
2004年9月24日
「えっ、10月ですか?」
思わず絶句しました。
当初9月の21日の入居日でした。
店舗のある場所は現在事務所で使っています。
どうしても片づかないので入居日は26日に伸ばして欲しいと言われました。
5日ほどの延期では仕方がないかと思っていました。
が、それは来月の25日のことでした。
頭の中が真っ白になりました。
少しでも日にちを短縮できないか、
ビルのオーナーにお願いするように不動産屋さんに交渉して貰っています。
工事を請け負っている方の元へもすぐに電話を入れました。
お詫びを入れたすぐ後には、厚かましいお願いまでしてしまいました。
「工事の日程短くできませんか?」
オープンも11月下旬になります。
心待ちにされていらっしゃる方、将棋の「待った!」ばかりしていて愉快でな
いとお察ししますが、もうしばらく・・。
申し訳ありません。
2004年9月20日
お店の名前が決まりました。
『歓』
中国語読みでファンと読みます。
『歓』は歓迎の歓です。
出会った人たちと会える歓び、これから出会える歓びという意味ですし、
中国語読みのファンはその人たちがファンになってくれますようにとの願いです。
近いうちにこのホームページ上でロゴを掲載します。
待っていてください。
店舗の内装を2,3日考えています。
本屋でその手の本を探したりして、イメージを高めています。
が・・・・・むずかしいですね。
あまり凝ったものにすると予算をオーバーしそうだし。
時間はあまりないし・・・・。
他にもやらなきゃいけないことが・・・・・。
頭の中がグチャグチャになってきています。
2004年9月15日
入居日が26日に変更になりました。
現在入居されている事務所の移転が遅れるとの理由です。
オープンが一週間ほど遅れそうです。
でもここまで待ったんですから何のその。
もう少しだけ待っていてください。
目の前に方眼用紙を広げて、厨房の位置調整をしています。
手間がかかりますが、とても楽しい作業です。
こういう設計をして、実際に始まり料理が遅れたりしたらどうしようと想像するだけで、
胃が痛みます。
こういうことって、これからもっともっと増えていくんでしょうね。
2004年9月11日
不動産屋から連絡きました。
来週中には契約になります。
入居日は21日です。
ここから店内改装になります。
たぶんオープンは10月末日か11月初めでしょう。
今日はこのビルのオーナーとも会うことができました。
ちょっと強面の方でしたが、お話を伺ううちにちゃんと筋を通せばお話のわからない方ではなさそうです。
少し安心です。
条件面もかなりのところを自発的にすり寄っていただきました。
感謝!
昨日不動産会社に行き、物件に対しての要望の答えを聞き了承しました。
現況に、トイレが2つ合ったんですが、1個はビル共有のトイレでした。2階
建てのビルで2階は倉庫になっています。私たち以外に人はいません。
私たち占有のトイレで許可して貰ったんですが、これで男女別々のトイレが実
現します。面積が広がった分家賃が1万円ほど高くなりましたが、ポイントは高
いと思います。
表の方も、ガラス張り入り口横にジュースの自動販売機が3台並んでいますが、
撤去の方向で検討されています。
現況で使えそうなもの(事務所用の応接室)はそのまま生かそうと考えていま
す。元事務所ですから、調理場などはちゃんとしたものを作らなければ成りませ
んが。
場所は悪くないといっても、繁華街とは逆な方に足を向けなければ成りません。
お店に力がつくまでは皆様の力が必要です。
もう一息です。
精一杯頑張ってみますので、皆様のお力添えをよろしくお願いいたします。
さぁ、いよいよ忙しくなってきますよ。
2004年9月8日
内見してきました。
(結構広いじゃん!)
最初の感じがそうでした。
明治通りの物件と違い、気持ちの上で引っかかるものがありません。
(いける!)
と思いました。
今回の一緒に視察したメンバーが2人いました。
新店のオープンに関わる人たちです。
お二人の感じもまずまずといったところ。
不動産屋さんに話を進めていただくようにお願いしてきました。
明治通りの物件改め、この医大(東京医科大学)通り物件を第一に考えていきます。
さぁ、忙しくなってくるぞぉ!
2004年9月7日
明治通りの物件は話を進んでいます。近いうちにビルのオーナーと面談をする
時間を不動産屋が作るそうです。
と、ここまで来て、気が移りそうな物件が出て参りました。
新宿6丁目です。新宿区新宿6-7-3-桂ビル。
以前に同じ住所の同じビルで物件があったんですが、15坪の広さしかなく
一見にも値しないと思っていた物です。
ですが、今回出ていた物は30坪です。前に出ていた15坪と軒を連ねる隣の
物件です。
概要
鉄骨造り、一部木造2階建て
98.27u(29.7坪)
賃料388,500円(坪単価約13,000円)
礼金2ヶ月
保証金148万円
保証会社への加入1ヶ月
メリット
一階です。
30坪です。(ちなみに胡座楼は27坪です。)
取りようでは客席45席も可能です。
賃料が安い。坪単価13000円です。
デメリット
明治通りの物件よりも遠くなります。
特にJR新宿駅からはかなり遠く感じると思います。
なお新宿3丁目駅からはさほど遠く感じません。
厚生年金会館よりも近いです。
一番近い地下鉄の出口(C7)から5分でした。
割と広い通り(医大通り)に面していますが、説明しづらい場所です。
一番の心配は人件費です。
30坪という広さは常時最低4名。
繁忙期には6〜7名必要でしょう。
ちなみに27坪の胡座楼は一番ピーク時に10人いました。
景気が回復してきたと言われていますが、まだまだ厳しいものがあります。
この割合広い医大通りですが、人通りは多くありません。
シャッターを降ろしっぱなしのお店も多々あります。
つまり忙しくないときの維持費が心配です。
建物は、今まで事務所で使っていたせいか、きれいです。2階建ての1階で、
2階は外見上倉庫のようです。店舗で使っても苦情は出てこなさそうです。もち
ろん重飲食可と出ていました。
確認を取っているところです。
念のため地図上で確かめて下さい。
不動産屋へ連絡とれて、今日内見してきます。
2004年9月6日
板橋税務署に行って来ました。
会社設立後、2ヶ月以内に青色申告等の申請をしなければいけなかったんですが、
店舗も決まっていない状態でどういう風に記入していいかわからず今まで放っておきました。
今月の21日で設立後2ヶ月になります。
税務署の法人課にいき、いろいろ教わりながら記入してきました。
おかげさまで都税事務所を含めて税務署関係の申請はすべて終わりました。
明治通り物件と、その近所にちょっと気になる物件が出てきたために市場調査を含めて、
午後は家内とその近辺に食事に行きました。
2004年9月5日
先日お知らせした場所にほぼ決定しようと思います。
明治通りと靖国通りの交差点から池袋よりに15メートルほど。
花園神社の手前、明治通り沿いにある地下一階です。
18坪。
家賃32万円。共益費5万円。
場所は気に入っています。引っかかっていたのが、居抜き店舗の中身でした。
全面的に手を加えようと思います。
住所
新宿区新宿5−17−6
3年後にはこのビルの隣に建設中の地下鉄13号線の駅出口が出来ます。
これが決め手でした。
地下鉄は池袋と渋谷を結び、それぞれ有楽町線と東横線に乗り入れます。
家賃と共益費を含めて坪2万円(36万円)以下に、更新料を3年毎1ヶ月現
在(2年2ヶ月)にして欲しいと不動産屋が大家と交渉中です。私にも一度大家
と会ってくれと頼まれました。
来週中にも結論が出てくるでしょう。
2004年8月30日
何もしてなかったわけではないんですが、結果的に店舗が決まりません。
焦ります。
努めて元気に振る舞ってはいますが、精神的な疲れを感じる時があります。
目的達成のためにはガンバ!ガンバ!
今回は新宿5丁目の物件でした。
出資者の方の一人と建築屋さんと3人で出かけました。
一回は下見をしてあります。
場所と18坪という広さは気に入っています。
ところが店舗内がいまいちな上に、金銭的な部分で引っかかっています。
場所は明治通りと靖国通りの交差点近く、地下一階の居抜き物件です。
レストランバーとなっていました。
中に入ってみると、18坪という割には狭く感じてしまいます。
前の方は6月に出て行かれたそうです。
予算が厳しいために、この居抜き物件の使える部分はなるべく使おうと見てみましたが、
手直しの部分が多すぎて、どうしても全面的に作り直さなければなりません。
いっそスケルトン状態にして下さいとお願いしてみましたが、聞き入れていただけません。
壊す費用からかかってしまいます。およそ100万円。
ダクトも完全じゃないために、この費用もかさみそうです。
ふうーっ!
他の物件も探しながら、ここの話を進めています。
この物件を扱うことで、平行してK公庫の融資話を進めるためです。
一緒に行っていただいた建築屋さんに見積もりもお願いしてあります。
不退転の気持ちは変わらないものの、早くオープンに漕ぎつけたい気持ちが焦燥感に拍車をかけています。
お台場のアルバイトが夏季限定だったために9月からは時間があきます。
精力的に物件を探してみます。
2004年7月21日
ついに有限会社設立と相成りました。
本日(補正日)法務局に行きまして、補正がありませんでした。
よって、有限会社會・ダイニングの社印が使えるようになります。
本日7月21日は有限会社『會・ダイニング』の独立記念日です。ジャーン!
その足で税務署及び都税事務所に出向きました。
今度は税務署に會・ダイニングを登録?します。
今日は提出する書類をいただきにあがりました。
2ヶ月以内に申請します。
明日はメインバンクになるはずの金融機関に会社の印鑑などを持っていきます。
これで出資者から集めたお金を使えるようになるはずです。
いよいよ場所を決めるだけになりました。
頑張るぞー!エイエイオーッ!
2004年7月8日
長いことホームページをさぼってしまいました。
また再開します。
その後の経過報告。
K公庫やその手の金融機関からお金を借りる話にしても、
不動産を取得するにも会社の印がなければ話は何も進みません。
当たり前の話だったんですが、お金の話を後回し後回しにしていました。
今考えても、なぜ後回しにしたのか・・・。
それでも出資金と印鑑証明及び押印がそろいました。
揃うまでにはかなりの労力を使いました。
ここでもいろいろありました。
が、無事完了です。
さて、今日は銀行に行って来て、保管証明の申請をしてきました。
正確には明日申請が完了します。
銀行内で稟議があり、保管証明を貰う段取りは来週の月曜日になります。
それと他の書類を持って法務局へ行き、登記手続きの終了という手はずになるはずです。
もう一息です。
前に進むための我慢はいくらだってやります。
が、9月頃のオープンに漕ぎつけるためには、ちょっと急いだ方が良さそうです。
わかっちゃいるんですけどね、会社の印が使えない上に、不動産物件の探索も足踏み状態です。
ま、自分の運を信じて頑張ります。
2004年5月26日
売上計画及び返済計画のシミュレートです。
売上計画表
2004年5月22日
またひとつ新宿の物件が出てきました。
2階ですが、エレベーターがついてます。
19.8坪で家賃28万円。
保証金350万円です。
場所は新宿3丁目。
胡座楼は末広亭の並びでしたが、今回の場所は末広亭から垂直に伸びる道の、
最初の四つ角にあります。喫茶店の上で最近までインド料理のお店でした。
不動参会社には話を進めておいて下さいと申しましたが、他にも申込者がいる
そうです。
・・・・・・・・・
仮にここが決定しても、スケルトン状態ですので内装の工期があります。順調
にいきましてもオープンは早くて8月でしょう。
もうじき有限会社の定款が出来てきます。
その定款に以前にお願いしてあった印鑑証明と印鑑が必要になります。
書類ができあがり次第、皆様の都合をお伺いしまして、それぞれに押印をお願
いしに伺います。
物件が決まらない状態というのは、正直に言って、私にとっては牛歩のように
感じます。
でも焦らずにじっくりと頑張ります。
応援お願いします。
2004年4月24日
昨日電話があり、歌舞伎町の不動産屋へでかけました。
ひとつの物件の話です。
場所的には文句はないんですが、広さ(14坪)がいまいちなんです。これが明
治通りより新宿駅よりだったら妥協の余地があるんですが、3丁目の裏通りの2
階です。たぶん切りつめての20席くらいのスペースになるでしょう。
現在理容店です。営業しています。
最初保証金が、家賃25万円に対して550万円とかなりの割高でした。問題に
ならないと思い、不動産屋にはあまり良い返事はしていませんでした。
それが今日の訪問の交渉(不動産と大家の間の交渉です。)で、300万円まで
下がりました。これは保証金という性質上(こちら側の預かり金という意味です
。)下げても問題ないと考えたのではと思われます。
割高の保証金のせいで入居する気がなかったために、私のなかでこの場所でのお
店のイメージが膨らんでいませんでした。こんなに簡単に保証金を下げるとは思
っていませんでしたし。
値段はお手頃になりました。2階ですが、エレベーターもあります。
私のなかで一番気になっているのが広さです。
月曜日には再度不動産屋へでかけます。ある程度の腹づもりは必要です。
早くオープンにこぎ着けたいという思いと、なるべく良い物件を見つけたいとい
う狭間で気持ちが揺れています。
参考にならないかもしれませんが広さや高さを見るために、今日その理容店で散
髪してきます。
案外さっぱりするかもしれませんね。
2004年4月19日
先日メールでお送りした限りなく新宿3丁目に近い2丁目の物件ですが、多少の
ことは妥協して、オープンを急ごうと思っていました。
不動産屋から電話がありました。
「今夜ロックのライブコンサートがあります。お店の鍵を開けておきますので、
もし都合がよろしければ店内で音漏れの具合を見てみませんか?」
私はアルバイトの方を抜けるわけに行かず、胡座楼の坂本に行って貰うことにし
ました。
結果。
「高架下のやきとり屋で一杯飲んでいるような感じですね。かなりの騒音です。
毎日ライブをやるわけではないんでしょうが、ライブが開催される時にはちょっ
と難しいですね・・・。それに座敷の部分の畳の振動はいただけませんね。」
裁判沙汰までなったという騒音、ダテじゃなさそうです。
(そうか・・・・・。あきらめなきゃいけないか。)
というわけで次回に期待ということになりました。
巨牛荘では余ったご飯はそのまま冷凍します。そして自分たちの賄いの時に暖め
なおして消費します。時折そのご飯が余ることがあります。その時には残念なが
らゴミ箱行きです。
昨日のこと、ちょっと捨てるにはもったいないほどのご飯が余ってしまいました
。捨てるのにかなりの抵抗を覚えた私、焼きおにぎりにして学生アルバイトのお
兄ちゃんたちに配りました。
欠食児童の彼らは喜んで食べています。それでも4個ほど余ったので私が持って
帰りました。
今日はやけ酒ならぬ、焼きおにぎりします。ますますお腹がふくれそー!
会社設立の件ですが、行政書士の方と相談しながら進行中です。
会社の印ができあがりました。
定款は今澤さんが作成中で、校正をお願いしますとの連絡が入りました。
今澤(行政書士)さんのお父さんの身体の具合が悪く、毎日病院に見舞いに行っ
てらっしゃるようです。
進行が少し遅れがちですが、ゴールデンウィーク開けくらいになるかと。
2004年4月15日
またまた面白そうな不動産物件が出ました。
今度は新宿2丁目です。でも限りなく3丁目に近い2丁目です。
明治通りより一本向こうにある、新宿御苑から出ている御苑大通り沿いにある物
件です。
1階です。
以前は蕎麦会席のお店でした。
ちょっと気になったので見てきました。
厨房機器は全部持ち出していたために、調理場はがらんとしていましたが、ホー
ルはそのまま使えます。けっこうお金をかけた作りをしているんです。ちょっと
した手直しで十分使えます。
中国料理を、ちょっと和のテイストのはいった食器に盛りつければいけるのでは
ないかと思われます。
お座敷と小さな個室があり、席数およそ30席。大まかですが、20坪見当のお
店です。
家賃が35万円。管理費を入れておよそ40万円です。
難点がひとつあります。地下にライブハウスがあります。そこから出てくる重低
音が漏れてくるということなんだそうです。
胡座楼の支配人である坂本に頼み、夜の演奏時間帯に聞きに行って貰いましたが
、あいにくお店が休みなのか、ライブが中止だったのか、生演奏が聴けなかった
そうです。
お昼にお店のなかをした見に行った際に、地下に降りていき、その店の方に頼み
込んでCD音楽をFULLボリュームで流して貰いました。それを1階にある店
内で聞いてみましたが、わかりません。言われてみると足下からそれらしい振動
が伝わってきます。生バンドになるともう少し大きい音になるそうなんですが、
地下の足場に砂を敷き詰める予定があるとか。そうするともっと音を抑えられる
そうです。
ライブがある時に、もう一度聞きに行った上で決めようと思いますが、食指が動
いています。
巨牛荘のアルバイトは今月いっぱいということになりました。いらっしゃる予定
のある方は早めにして下さい。シフトの関係上、お休みの日もありますので電話
ででも連絡いただければ助かります。
2004年4月10日木曜日
昨日先日メールでお話しした物件を扱っている不動産屋から電話がありました。
「末広亭裏の新築物件にもう一見申込者がでました。その方の分と梅橋さんの申
込書類をビルのオーナーの方に持っていきました。もう一人の方は美容院です。
新築のビルを汚されるのを嫌っているみたいで、ビルオーナーは美容院を優先し
たいと言われました。」
ガーン!
「ま、完全に駄目だというわけではありませんから。その美容院の申込者が駄目
だった場合は梅橋さんにもチャンスが巡ってきますから・・・。」
はぁ、気休めです。
さて、また不動産屋まわりです。
気を取り直して、頑張りましょう。
とりあえず先に会社設立を急ぎます。
2004年4月3日
会社の名前を考えました。
『會・ダイニング』(ガイ・ダイニングと読みます。)
です。
独断と偏見で命名しました。
いろいろご意見はおありでしょうが、暫くの間、独り立ちする様子を見守ってい
て下さい。
お願いします。
<皆さんと出会える場所を>という思いと<夢を捨てきれない男(ガイ)が集ま
って作る会社>という2つの意味を込めました。
胡座楼を退社してからは何度も落ち込みました。
あきらめようと思いました。
そのたびに助けていただいたのが、お付き合いを続けていただいた方々でした。
あの時の出会いがなければ、今の私はなかったでしょうし、これからの私もあり
得ないでしょう。
大仰な言い方になりますが、大きな時の流れのなかで、人類の歴史のなかで、そ
して今現在世界にいる数十億人の人間のなかで、奇跡的に皆様と袖すり合う事が
出来ました。ほんの数秒どこかで回り道していたら、こういう出会いもなかった
と思います。
そんな皆さんと同じ時代を共有してみたい。その語る席においしい料理とおいし
いお酒があればもう何もいらない。
こういう会社にしたいという思いです。
2004年3月31日水曜日
お花見の時期とあって、チョーのつくくらい忙しい日々が続いています。
この巨牛荘の調理場は身体にかなりの無理を強いる作りをしています。
調理場の機材の配置上、従業員に無駄な動きが多々あります。
いわゆる専門用語でいう動線に連絡がありません。
1つ1つの作業も合理的ではありません。そのせいか腰にかなりの負担がかかります。
時々背筋を伸ばし腰をたたく様はまるでお爺さんです。
今日は久しぶりのお休み。
午前中は歯医者に行き、1時には不動産屋と待ち合わせて物件視察に。
行政書士の今澤氏の処へも顔を出すはずが、今澤氏のお父上が危篤のことで電話
のみの打合せで終わってしまいました。
急遽時間があいたため、胡座楼の坂本支配人と3丁目のスターバックスでコーヒータイム。
5時からは先日報告致しました新築不動産の件で担当の不動産屋と飲食業保険組
合の理事とそれぞれ打合せをいたしました。
新宿3丁目末広亭裏の物件、他にも契約したいという人がお一人出てきたそうです。
「何とかこちらと契約できるようにして下さい。」
と言いましたところ、
「同じ飲食店の場合はこちらも応援できるんですが、物販目的の客が来た場合難
しい可能性があります。」
「契約したい人の応募状況を見てビルの持ち主が選択して決まります。」
つまりビルのオーナーにすると、ビルを汚される飲食店舗より物販の方が入居す
る可能性が高いと言うことだそうです。
とりあえず、入居のための書類を貰ってきました。
個人用と法人用の2種類があります。まだ法人の手続きが進まないために見込み
の書類を提出することになりますが、・・・・・。
もう一つの喫茶飲食業保険組合の結果は上々でした。書類に組合の理事長の印は
貰える約束を取り付けました。こちらの方は物件を取得した後に手続きにかかり
ますので、このままにしておきます。
4月中に法人の手続きを終了したいと思っていますが、私の方も今月中旬になら
ないと思うように時間が作れません。
気ばかりが焦る今日この頃です。
それではまた連絡します。
2004年3月25日
今日は少し早起きして、大山駅にある不動産会社に行ってみました。スズケンワ
ークスという会社です。この社長は私と同じ鹿児島県出身です。そしてこの社長
は不動産だけでなく、スズケン工務店というリフォーム会社も経営しています。
つまり不動産の売買の後、その店舗が採算に合うように店舗設計までして頂ける
という、お客様本意の商売をされています。
ま、言い方を変えれば抜け目がないとも言いますけど・・・。
ここへは何度も足を運んでいます。特に現在の住居である大谷口に引っ越してか
らはまめに顔を出しています。家から徒歩で10分ほどの距離です。
前述しましたように、仕事柄不動産取得を含めて店舗の資金調達についてもいろ
いろご存じです。その方に知恵を借りに行ってきました。
現況を詳しく説明致しまして、素直に方法を伺って参りました。
社長のお名前は吉見さんとおっしゃいます。
『何度も経験しています。K公庫に関しては、500万円確実に保証致し
ますよ。』
『会社組織になさるんですか?その方が話は有利に進みますね。』
『それと改装についてですが、坪100万円と言われましたが、もっと安くでき
るんじゃないんですか。揃える機材に寄るんですがね。一度リストを出して下さ
い。』
『あと、東京都が出している資金で、それぞれの地域の飲食店健康保険組合が融
資する資金があります。これも500万円出せるはずです。ただしこれにはその
健康保険組合の理事の推薦状が必要です。』
お話だけを聞いていると、ものすごく現実味を帯びてきました。
『確実でしょうか。確実でないと新宿3丁目の物件に手を出せないんですが。』
『お知り合いで健康組合の理事の方はいらっしゃいませんか。その方にお話しす
ると早いですよね。』
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アルバイト終了後の23時。新宿3丁目界隈にある居酒屋『どん底』へ行ってき
ました。この界隈では有名な酒場です。
そうです、ここのマスターが理事の一人なんです。
あらましを説明致しまして、虚心に嘆願致しました。
『いいよ、やんなさいよ。応援するよ。』
『ただしちょっと問題があるよ。この組合の理事長が、あんたが勤めていた庄助
の専務(息子です。)なんだよ。理事長である専務の承認は不可欠だよ。電話一
本いれといた方が話が早いね。』
『わかりました。近いうちにご挨拶に行ってきます。』
きょうの報告でした。
途中経過のご報告です。
2004年3月24日。
アルバイトの方はお休みでしたが、朝早くから自動車免許証の住所変更や銀行ま
わりで歩き回っていました。
午後からは行政書士の今澤さんと打合せをすまし、4時からは約束をしてあった
新宿3丁目の不動産屋と会いました。
おいしい物件が見つかりました。
まだ表に出てない物件です。
確定ではありませんが、ご報告致します。
新築です。
竣工が5月上旬。
場所は、新宿区新宿3-6-5
末広亭のある末広通りと明治通りに挟まれた、末広亭の真裏の2階です。
広さは14.8坪。客席数約20席(坪数×1.3が平均的な客席数になります。)
家賃は29.6万円。
保証金が300万円。
場所の割にはお値段も手頃です。
皆さんにお願いしてあった投資話は、だいたい20名様くらいに連絡しました。
そのうち半分くらいの10名様から了承の返事が得られました。
大まかな数字ですが、現在600万円くらいです。
皆さんからの資金で場所は押さえられます。
問題はそこから後です。
新築ですから、なかはスケルトン(何もない)状態です。
厨房設備や内装を施さなければなりません。
一般に飲食店の改装工事は坪100万かかると言われています。
とすれば、およそ1500万円かかります。
当初からK公庫を当てにしていました。
開業資金の場合は1000万円までが無担保無保証で貸し出してくれます。
改装と、開店当初の運転資金に充てるために、全額が無理だとしても、500万
〜700万円くらいは借りるつもりでいました。
その金額をはるかにオーバーしてしまいます。
公金でこの資金を作れるかどうか、借りられるとしたら何をしたらいいのか、知
人に相談してみます。
不動産物件は他にもあたっているものがありますので、その都度ご報告をしたい
と思います。
2004年3月22日お花見シーズンの到来です。
生活費をかせぐために、こまめにアルバイトをしています。
現在のアルバイト先は千鳥ヶ淵近くの焼き肉屋さん。
そう桜並木のメッカ(?)です。
席数が100席ほどある、大きな焼き肉屋です。巨牛荘と言います。
面白いお店で、雨が降るとランチタイムは大変混み合います。
普段のランチ数が180個から200個ぐらいですが、雨が降ると250個くらいまで数字が伸びます。
お店の人の話によると、お天気の良い日はコンビニ弁当を買って公園で昼食を取るそうです。
雨が降るとその人たちがお店になだれ込んできます。
てんやわんや。
今日もいそがしかったぁ!
270個でした。
今度出すお店も、このくらい忙しいお店になるといいんですがね。
会社設立のために、行政書士に協力をお願いしてあります。
今澤さんとおっしゃる方です。
その方から、会社名を考えておいて下さいとメールが来ました。
どうしよう・・・。
とても悩みそうです。
2004年3月1日月曜日
新しい店舗の企画書ができました。
2004年2月16日月曜日今月はなんと引っ越しが3回あります。
2004年2月のことです。
15年に及ぶ単身赴任生活にようやくピリオドを打てます。
今月8日に、大久保にすんでいた私と次男の引っ越しが済みました。
11日は練馬区桜台の長男が引っ越してきました。
残るは家内と三男の引っ越しです。
2月23日(月曜日)に茨城県石岡市から引っ越します。
新住所です。
新居はとてもとてもわかりづらいところです。
部屋数の多さ、家賃の安さ、環状7号線の内側で一戸建て
というメリットがあるんですが、こんな処に家があるの?というくらいわかりにくいところです。
でも、やっと家族が一緒に住めます。
あとは仕事です。
アルバイトが一応4月くらいまであります。
それまでに自分のお店を出せるよう頑張ってみます。
何てったって資本金0からの出発です。
無職人 梅橋